最近、人新世という言葉を、日本の人文社会科学系のメディアでも見かけるようになってきました。「科学技術と文化」の授業でもここ5年ほどは人新世をキーワードにしてきました。
人新世とは、現在審議中の新たな地質年代のことで、その開始時点は1950年代だとされています。ただし、審議中ということからも分かるようにまだ正式に認められたわけではありません。
人新世とは、端的に言えば人間の活動によって地球環境が大きく作り替えられてしまった時代のことを指します。1950年代から始まったいわゆる「大加速(great accerelation)は、二酸化炭素排出の急激な増加、化学肥料の大量生産によるリンなどの元素の循環サイクルの大幅な変化、森林伐採や生物多様性の減少(大量絶滅)などを引き起こしてきました。
1990年代になると、衛星や観測ネットワークの整備によって可能になった国際的な地球観測によって、こうした地球規模での変化が科学者にもはっきりと見えるようになってきました。そして、2000年には大気化学者のPaul Crutzenと生態学者のEugene Stoermerが、このような変化は地球システムの状態を大きく変えてしまっていることを指摘し、我々は新たな地質年代「人新世」に入ったと主張しました。
ご存知の通り、地球の環境は長い歴史の中で大きく変わってきました。地質年代とは、大雑把にいうとこうした環境の変化を区切りとして、同じような環境が続いた時代を一括りにしたものです。
現在の地質年代は、最後の氷河期の終わりごろに始まった「完新世」です。この時代は気候は比較的温暖で、気候の急変もない非常に安定した時代だったとされています。人類はこの時代に農業を始めましたが、それ以前の環境が急変する地球環境では農業を始めることは困難であったと考えられています。農業を土台に現在の文明は誕生してきていますので、現在の文明は完新世の安定した環境の賜物だと言ってもおかしくないでしょう。
18世紀に発明された蒸気機関とそれに続く化石燃料の大量燃焼は、待機中の二酸化炭素濃度を急激に上昇させることで、このような安定した気候パターンを崩してきたと考えられています。これが現代に至る気候変動です。
現在の大気中の二酸化炭素濃度は、おそらく200万年前の水準と同じぐらい高いとされています。この時代は鮮新世と呼ばれており、今よりも海面は遥かに高く、人類の祖先とチンパンジーの祖先が分かれた頃だと言われています。
我々の日常生活のほとんどは化石燃料に依存していますが、この何気ない日常のエネルギー消費が地球をかつてない状態に変えてしまったのです。人々の日常的な行為が惑星レベルでのインパクトを持つ時代、それが人新世です。
人新世をどうやって生き延びるのかは、人類にとって大きな課題です。環境科学者たちは、国連の統一プラットフォームであるFutureEarthに結集して未来のあり方を構想しています。そして、今より多くの社会科学者や人文学者がこの試みに加わりつつあります。
「科学技術と文化」が依拠する科学技術論と人類学はその中でも特に重要な役割を果たしています。