人間活動と地球環境の複雑な絡み合いを理解する上で、近年の科学技術論と人類学は、インフラストラクチャーに注目してきました。
人新世という時代の最大の特徴は、人々の日常生活の中での何気ない行為 ー 食事のための買い物やそこに乗っていく自動車の運転、家庭での電気の使用、流行に合わせて毎年買い換える衣類など ー が、二酸化炭素の排出などを通して惑星規模の環境変化をもたらすということです。
生活の中の何気ない行動のほぼ全てが膨大な二酸化炭素排出につながっているということを知った時、途方に暮れる思いをした人もいるのではないでしょうか?我々の日常感覚からすると、何気ない日常生活の中の行為と、惑星規模での環境変化の間に関係があるということを理解することは簡単なことではありません。
この関係を考える上で鍵になるのは、我々の日常生活を支えるインフラストラクチャーの働きです。
一般にインフラストラクチャーとは、電力システムや鉄道、高速道路や港湾や空港、コンテナステーションなどからなる物流ネットワーク、上下水道や廃棄物処理システム、堤防や運河、灌漑網のような水管理システムといった大規模な技術システムを指します。
インフラストラクチャーの多くは、モノ、人、情報を広い範囲で移動させ、流通するための〈基盤〉となる技術システムです。我々の日常生活は、これらのインフラストラクチャーなしには成り立ちません。家庭で使う電力は発電所と配電網からなる電力インフラストラクチャーによって送られてきます。ガソリンなどの燃料からプラスチックなどに至る石油製品は、油田から精油所、石油化学プラントに至るインフラストラクチャーのネットワークから供給されます。電話やインターネットもまたネットワーク状のインフラストラクチャーに依存しており、日々消費する食料や、スマートフォンや家電のような工業製品はコンテナ船や港湾、高速道路網、鉄道網などの輸送インフラストラクチャーによって世界中から運ばれてきます。
我々の日常生活にとってこのようなネットワーク状のインフラストラクチャーは不可欠なものになっています。
インフラストラクチャーは、異質な要素から構成される複雑なシステムであり、技術的なものであると同時に社会的なものです。それはコンクリートの構造物、コンテナ船やトラック、ドローンなどの移動する人工物、それらをコーディネートするための技術標準(コンテナのサイズ、コンテナ船に対応した港湾の深さ、鉄道の軌道の規格、インターネットプロトコル)や情報システム(データベース、センサー、データを統合・分析するためのアルゴリズム)、そしてそれらを運用する企業組織からなっています。
さらに、インフラストラクチャーの多くは、道路や電力網のように物理的なネットワークであると同時に、モノと人の移動を正確に行うために必要な情報を処理し流通させる情報ネットワークでもあります。例えば、鉄道の運行のためには、列車を動かすだけでなくその運行状況をモニターし、共有し、制御するための情報システムが不可欠で、両者はしばしば一体となっています。物質と情報という二つの領域にまたがるこの二重性は、インフラストラクチャーの重要な特徴の一つです。
インフラストラクチャーは、その物理的な規模、建設と維持に必要な二酸化炭素の排出によって地球環境を作り変え続けています。道路やダム、港湾の建設による地形の大規模な改変は、インフラストラクチャーの物理的な規模がそれ自体地球の表面を作り替える力を持っていることを示しています。さらに、こうした建設と完成したインフラストラクチャーの上を移動する自動車、列車、船舶などは膨大な二酸化炭素を排出し、地球の気候を変えています。
このように、インフラストラクチャーは、まさに我々の日常生活と地球規模の環境変化を結びつける役割を果たしています。さらに、この媒介的な役割は、日常生活と地球環境の変化との間にかなり複雑な関係をもたらしています。次にこの関係を少し詳しくみていきましょう。
単純に考えると、我々の日常生活と環境変化の関係は前者が原因で後者が結果となる直接的な因果関係だと考えられます。我々の日常生活は膨大な電力消費、食品ロスや使い捨てなどの資源の浪費を通して膨大な二酸化炭素を排出しているため、我々の日常生活こそが気候変動の原因という見方です。
こうした現実を前に、環境運動の多くは、気候変動の原因である現代の消費生活を見直すことを求めています。ですが、インフラストラクチャーの働きに注目した研究は、日常生活の消費と環境負荷の間に単純な因果関係があるわけではないことを示唆しています。
エネルギー消費と日常生活の関係を研究してきた社会学者のElizabeth Shoveらによれば、先進国の日常生活の中で生じる消費の多くは、日常生活の活動そのものではなく、そこで使われるインフラストラクチャーから生じています。これらの研究は、我々が営む日常生活それ自体は、別の種類の(もっと消費量の少ない)インフラストラクチャーを用いて行うことも可能であること、日常生活の活動が環境負荷の直接的な原因であるという見方は少々ミスリーディングであることを指摘しています。具体的に見ていきましょう。
例えば、友人と集まって食事をするという、日常生活の活動を考えてみましょう。これは、大変古くからある活動で、時代によって全く違うタイプのインフラストラクチャーを利用して行われてきました。
19世紀末の日本の農村社会であれば、集まって食事するための食材の多くは自ら栽培した米や野菜、地域の市場で購入した魚などで、専門店などで購入する食品、加工食品や海外から輸入される食材は現在に比べれば相当程度少なかったでしょう。また、当時は限られた都市の他には電気もないので、電力消費はなし、燃料は近くの山林から伐採した薪や炭でした。集まるための移動はたいてい徒歩で、遠くや都市から来る人がいても交通手段は鉄道や船でした。このように、集まって食事するためのインフラストラクチャーは主に地域なもので、その広がりはかなり近距離で完結しています。インフラストラクチャーがもたらす環境負荷は現在と比べて極めて限定的、かつ地域的なものでした。
一方、現在、普通の人が同じことをすると、グローバルなインフラストラクチャーが動員されます。まず、スーパーで食材を買いますが、その食材は世界中から来ており、コンテナ船と専用の港、高速道路とトラック輸送によって支えられています。当然、そこからは膨大な二酸化炭素が排出されます。さらに、食品の多くは産業化・機械化された大規模農業で生産された原料を使っています。こうした大規模農業の環境負荷は膨大なものに上ります。また、調理に使うエネルギーは都市部ならたいてい天然ガスを原料としています。これは中東などから特殊なタンカーで運ばれてきます。電気は、主にオーストラリアなどで採掘した石炭を火力発電所で燃やして作り出しており、照明から電子レンジまで様々な場所で使われます。
このように同じように集まって食事をするだけでも、19世紀末と現在では全く異なるインフラストラクチャーが動員されています。両者の間では、その地理的な広がり、資源の消費量、二酸化炭素排出量に驚くほどの違いがあります。しかし一方で、我々が経験する日常の活動、食事自体を取り出せば、そこにそれほどの違いがあるわけではありません。
確かに、19世紀末の家事は大変な労働ですので、インフラストラクチャーの発展によって食事の準備の負担が減ったことは事実です。しかしながら、こうした利便性の上昇と消費の拡大は、単純な比例関係ではありません。例えば、政府のエネルギー統計によれば2008年の家庭のエネルギー消費量は、既に家電が普及していた1973の2倍以上になっています。もし、あなたが1973年の食事会を覚えていたとして、当時と今の食事会(とその準備)の間に二倍に相当する違いがあったと思えるでしょうか?
ここからわかることは、我々の消費や生活の経験と、資源消費との間には単純な相関関係があるわけではないということです。我々が1973年と比べて二倍の資源を消費していても、我々の食事や消費の経験が二倍になったわけではないのです。
では、この消費の急増は一体どこからきたのでしょうか?その原因の一つは、インフラストラクチャーの増殖です。1950年代に世界的な経済成長が始まって以来、輸送ネットワークは拡大し続け、輸送のスピードは向上し、コンテナ船などの鍵となる輸送装置のサイズは一貫して増加してきました。新しい港、高速道路、鉄道網、発電所に送電網が世界中に張り巡らされていきました。その結果として、日常生活の消費を支えるインフラストラクチャーは、より巨大に、より複雑に、より高速になっています。
そして、これらのインフラストラクチャーの運行、管理、維持は膨大な資源を消費し、二酸化炭素を排出しているわけです。さらに問題なのは、これらのインフラストラクチャーは普通の人々の生活からはほとんど見えない上に、普通の人々にはインフラストラクチャーを選ぶ余地がないということです。
食事の例に戻ってみましょう。よほど労力をかけ、特別なネットワークを動員し、時間をかけて計画しない限り、今の世界で19世紀末のような食事をすることはできません。それは普通の食事ではなくなってしまったのです。今、普通に食事会を開こうとすれば膨大な二酸化炭素を排出し資源を浪費するインフラストラクチャーを利用する以外、基本的に選択肢はありません。
つまり、今日、個人の消費を削減して、日常生活が生み出す環境負荷を削減することは極めて難しいのです。地球規模で消費と環境負荷を削減するためには、個々の生活に焦点を当てるよりも、その背後にあるインフラストラクチャーを作り直す必要があると言えるでしょう。そのためには、企業を動かし、自治体や国を動かしてインフラストラクチャーを作り直していく必要があります。それは、テクノロジーと経済が入り混じった複雑な政治のプロセスに他なりません。
現在、世界各地の社会科学者、デザイナー、活動家たちはインフラストラクチャーを持続可能なものにしようと取り組んでいます。そこでは、インフラストラクチャーと日常生活の複雑な絡み合いを解明する研究、地産地消的なインフラストラクチャーづくりの実験、今とは全く異なるインフラストラクチャーのデザインを構想する試みなどが行われています。
次回のポストでは、インフラストラクチャーをめぐる新たな実験を見ていくための準備段階として、インフラストラクチャーの増殖と経済成長の関係を振り返ります。