研究室メンバーのプロジェクト紹介 その4

五年ぶりの更新になります…。その2では博士課程の神崎さんの研究を紹介しましたが、今回は博士論文を書き上げた後の神崎さんの研究について紹介します。現在、神崎さんは本学図書館で勤務する傍ら、南米ペルー・アマゾンの運河開発を事例に、先住民の知識、科学的知識、政治の関係性を人類学的に研究しています。以下は、神崎さんによる活動紹介になります。

人類学の知識産出、フィールドと図書館のあいだ

神崎隼人
(大阪大学 附属図書館 研究開発室/(兼任) 人間科学研究科 助教)

[164.5 LEV 1]、
[164.5 LEV 2] 、
[164.5 LEV 3]、
[164.5 LEV 4.1]、
[164.5 LEV 4.2]。

これらは図書館の本の請求記号です。図書館に配架された本たちの背表紙に貼り付けてある、小さなシールを見たことがありますよね。この5つは、C・レヴィ゠ストロースの大著、全4巻の『神話論理』のそれです。この研究室では、図書室が院生室も兼ねていて、床から天井まである人類学の本棚の隣で院生が研究しています。2018年に博士後期課程に入学した私のデスクの眼の前が、ちょうどこの『神話論理』の並ぶ棚でした。毎日通ううちに、本の配置もいつのまにか覚えてしまいました。

『神話論理』では南北アメリカ大陸先住民の800以上の神話が検討されますが、それらの神話はレヴィ゠ストロースに先立つ宣教師や民族誌家、人類学者たちの膨大な調査データに依拠しています。レヴィ゠ストロースはブラジルでのフィールドワークの後、長い年月をかけ神話のデータを含んだ民族誌的資料を集めていきました。そして図書館は彼にとってのデータの宝庫だったのです。それに依拠した彼の著作が、今度はこうして私たちの図書室の棚に静かに配架されています。

そんな図書室に籠もっていた私は、2019年から博士論文のためのフィールドワークに出かけました。フィールドは南米、アマゾニアの上流域、ペルーのウカヤリ川です。図書室で色々な民族誌や人類学の文献を読んだ後で、そこから出た現地調査が始まりました(長期調査に出るときは、デスクは引き払うルールでした)。私の博士論文のテーマは、ウカヤリ川をはじめとしたペルーのアマゾン流域における大規模な運河開発構想の環境影響調査において、現地の先住民シピボの人々が「先祖の知識」と「科学的知識」をいかに関係づけているのか、そのときの環境政治はどのように私たちの近代社会にとって“常識的な”科学と政治を超えているのか、というものでした[神崎 2025]。

調査はというと、フィールドワークの期間中に新型コロナウィルス感染症のパンデミックが起こり、調査継続が困難な状況に陥って志半ばで帰国しました(恵まれていることに手段をもらったので)。そして2022年、私は偶然再び、図書室の同じデスクに戻ってきて、たくさんの文献たちに囲まれながら、中断されたフィールドワークのデータの群れに取り組んで論文を書き始め、2025年に博士号を取得しました。

[ウカヤリ川から切り離された三日月湖ヤリナコチャ。水の世界と魚の所有者のアナコンダは運河開発のために魚をしまいこんでどこかへ行ってしまうかもしれなかった。]
▼ 図書館からフィールドへ、フィールドから図書館へ。

一人の人類学者は、図書館とフィールドを往復して知識を産出する。人類学的な知識産出は、その運動を幾重にも内側に畳み込んでいる。

私は今、博士論文を本にしようとしています。念願が叶えば、きっとそれも配架され、後の誰かの知識産出の運動に織り込まれていくのでしょう。ならば、人類学的な知識産出は、これまでの運動を蓄えているし、これから来る運動を待ってもいる[cf. ストラザーン 2015]。

ところで図書館が話題の軸になっているのは、この研究室では今、大阪大学附属図書館と連携しながら、実験的エスノグラフィのプロジェクトに取り組んでいるからです。私は附属図書館に所属し、研究室にも兼任として所属していて、この連携を進めています。人類学研究室と附属図書館の連携は、「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」(以下、データエコシステム事業)という文部科学省のプロジェクトの一部で進められています。このデータエコシステム事業で、附属図書館はコーディネーター役として、学内の医歯薬生命系や理工学系、そして人文社会系まで、研究データが生まれる実験室やフィールドから、それらが保管されるストレージ、それらの公開基盤である附属図書館で管理する機関リポジトリOUKAまで、データのフローをつなげ、もっと研究データのアクセス可能性を高めることをめざしています。

私たちの研究室もこのデータエコシステム事業のもとで、エスノグラフィにおいてフィールドと図書館のつながり––––先ほどの人類学的な知識産出の運動––––を考え、色々な実験に取り組んでいるのです。ここで前半で述べたようなエスノグラフィにおけるフィールドと図書館の関係を、あえて「従来型」と呼びたいと思います。「従来型」の知識産出においては、次のような特徴が一般的でしょう。

エスノグラフィとは、主に研究者個人による長期的な調査の産物であり、物体としても分厚  い。
エスノグラフィの研究データは、研究者が管理し、研究倫理の観点から第三者に公開される  ことは原則としてない。
図書館は、分厚い書籍としてのエスノグラフィを購入し、管理し、配架し、貸し出す機能を  期待されている。あるいは、雑誌論文を契約し、アクセス可能にする機能を期待されてい  る。研究者との関係性は、書籍の貸し出しや雑誌論文アクセスの部分が中心となる。

何か他の仕方でつながりをつくれないだろうか? このような「従来型」にとらわれない発想は?

私たちの研究室で取り組んでいるのが、この新しいつながり方の模索です。フィールドと図書館のつながり、知識産出の運動の新しいつながり方。私たちは方策として、1)協働的なフィールドワークをデザインする、2)それにより研究データをシェア可能なものに限定する、3)図書館の機関リポジトリOUKA上で、フィールドエッセーを毎回の調査後に公開する、というやり方を考案しました。「都市エコロジー観測所」という協働的な活動拠点を設置し(都市エコロジー観測所自体については、別のエントリが詳しく説明します)、私たちの研究室の教員や学生が、学外のデザイナーやアーティストや活動家や市民の方と協働してフィールドワークを行なって、そのデータ(テキストと写真など)をすぐにまとめて公開しています。そんなわけで、この研究室では、『都市エコロジー観測所ニュースレター』という刊行物を、機関リポジトリOUKA上で公開しています(こちらから御覧ください!)。

[都市エコロジー観測所のフィールドワーク 「断熱ワークショップ」の様子。火鉢の温度を測っている。]

[参照文献]
神崎隼人 2025「もし河床を掘り起こしたら––––ペルー領アマゾニアの運河開発をめぐる環境アセスメントの政治存在論」『文化人類学』89(4):516−534.
ストラザーン, M. 2015『部分的つながり』大杉高司・浜田明範・田口陽子・丹羽充・里見龍樹訳 水声社.
レヴィ゠ストロース, C. 2006『生のものと火を通したもの 神話論理I』早水洋太郎訳 みすず書房.
––––––. 2007a『蜜から灰へ 神話論理II』早水洋太郎 みすず書房.
––––––. 2007b『食卓作法の起源 神話論理III』渡辺公三・榎本譲・福田素子・小林真紀子訳 みすず書房.
––––––. 2008『裸の人 神話論理IV−1』吉田禎吾・木村秀雄・中島ひかる・廣瀬浩司・瀧浪幸次郎訳 みすず書房.
––––––. 2010『裸の人 神話論理IV-2』吉田禎吾・渡辺公三・福田素子・鈴木裕之・真島一郎訳 みすず書房.