大学院生の研究紹介 その3

前回の神崎さんの研究紹介に続いて、同じく博士課程の エミール・サン=ピエール(Émile St-Pierre)さんの研究を紹介します。カナダ出身のサン=ピエールさんは、エネルギーインフラストラクチャーと再生可能エネルギーについての人類学的研究に取り組んでいます。以下は、サン=ピエールさんが執筆した研究の要旨をブログに合わせて編集した研究紹介です。

近年、インフラストラクチャーに関する社会科学的な研究が注目されています。気候変動や環境問題に直面する中で、持続可能な未来のインフラを創る必要が高まる一方で、既存のインフラは次第に老朽化し、更新の必要性が高まっています。さらにこうしたインフラの更新は、社会や経済の面では一層進む民営化・自由化と、技術面では電子化やスマート化と密接に結びついています。こうしたインフラをめぐる諸問題は、気候変動の危機に見舞われた「人新世」と呼ばれる今の時代の興味深い研究対象になっています。電子化が進む一方で、熱利用やバイオマス・バイオガスといった環境に優しいテクノロジーの導入が進み、その結果、インフラのデザインは、微生物から気温といった自然の力を借りるよりローカルなものや、事故に強くレジリエンスの高いものへと変わりつつあります。

安平町の小規模ソーラープラント

私は、北海道における再生可能エネルギー事業についてフィールドワークを行っています。北海道の中央部(道央)と南部(道南)では、太陽光とバイオガスによる発電事業の拡大が続いており、その結果、電気を配分する巨大な配電網「電力系統(グリッド)」をめぐる様々な問題が生じています。電気なしでは成り立たない現代社会にとって、電力系統は極めて重要なインフラで、その変化は社会に様々な変化を迫っています。

電力系統のようなインフラは、それを構成する変電所や発電所、高圧電線のような機械類や、それを維持するための様々な原料から構成されています。さらにそれは、石炭から太陽光に至る様々な電源から生産された電気を、刻一刻と変わる需要と結び付けています。このような大規模技術システムであるインフラは、科学・技術の社会科学でよく扱われる研究対象です。

北海道の再生可能エネルギーの導入の拡大による問題の多くは、これまでエネルギー問題を研究する人類学者が扱ってきた問題と異なっています。これまでエネルギー人類学は、知識と実践にみられる多様性や差異、エネルギーをめぐる「倫理」の問題、環境問題と技術の関わり、システムとレジリエンスの考え方などに注目してきました。特に、この分野の著名な研究者であるDominique Boyer とCymene Howeが行ったメキシコでの風力発電開発の研究は「Transition」やグローバル持続化のモデルに潜在している問題を明らかにし、地域における技術と環境、社会の関係に目を向けることの重要性を明らかにしてきました。日本も排出ゼロ社会を目指すようになった中、ヨーロッパから輸入された技術や知識がどう使われているのか、事業者や活動家はモデルをどう「翻訳」して環境との関係性をどう変えていくのか、を理解することは非常に重要な問題になってきています。

私のプロジェクトでは、火力、太陽光、水力、風力、バイオガスの発電所や再生可能エネルギーに関わっている事務所を訪ねて、現場における技術、環境、エネルギー、理念の関係を総体的に研究しようとしています。また、北海道における従来のエネルギー発展がどのようなシステム・モデルをもたらしたのか、そのシステムが2011年と2018年の災害の影響でどういう風に変わっているのかを議論したいと思っています。

バイオガスを利用した温室(十勝)

日本では、ドイツやデンマークの事例がモデルとして注目されていますが、電力系統についての日本の安全管理方針、(地熱発電と競合する)温泉の問題、インフラ建設に関する法律、電子化等の初期費用といった障害のため、これらのモデルをそのまま導入することは難しいと言われています。その一方で、それぞれの地域では、地域の事情に合わせた、より独立性の高いエネルギーインフラ(マイクログリッド等)が検討され始めています。

Boyerたちが論じるように現代社会の根本的なインフラである電力系統は、マルクスが言う「資本」の如く、社会・環境の隅々にまで浸透し、人々の活動の中心になっています。こうした現代社会では、エネルギーインフラは、資本主義とも不可分に結びついています。しかし、自治体が自ら電力系統のような基本的エネルギーインフラを創り出すことに成功すれば、社会のあり方、社会と環境のあり方は大きく変わる可能性があります。現行の大企業が経営する大規模な電力系統が資本主義社会の基盤となっているとするならば、自治体による小規模な電力系統は、それとは異なる関係性の基盤になるかもしれません。この研究を通して私は、こうした社会の変化の可能性を、マイクログリッドや再生可能エネルギーをめぐる実験の中に見出していきたいと思っています。

最後にエネルギーという概念は、それ自体が魅力的です。エネルギーは、物理的な仕事をする力という抽象概念で、それゆえ様々なものを指します。このような抽象的な力を把握するためには科学技術の助けは不可欠な一方で、エネルギーという用語は人間的、社会的な現象を含む様々な現象に用いられています。この曖昧な概念を再検討することで、エネルギーの物質性と文化をめぐる人類学的な分析を深めていきたいと思っています。