大学院生の研究プロジェクト紹介 その2

しばらく時間が空いてしまいましたが、前回の桜木さんの研究紹介に続いて、同じく博士課程の神崎隼人さんの研究内容を紹介します。日本のDIYバイオを研究している桜木さんとは打って変わって、神崎さんはペルーの東部、アマゾン川上流部の熱帯雨林をフィールドに先住民とインフラストラクチャー開発の関係を研究しています。以下は、神崎さんによる研究紹介です。

ウカヤリ川

私は、現代アマゾニアをフィールドとして、環境をめぐるポリティクスと先住民運動の人類学を専門としています。現在のテーマは、ペルーで進められている「アマゾン運河プロジェクト(Proyecto Hidrovía Amazónica)」というインフラストラクチャー開発計画に関して、先住民のリーダーたちがどのようにその問題を捉えているのか、というものです。

そのためのフィールドワークを2019年2月から3月、そして11月から3月まで実施しました。プカルパ(Pucallpa)という街に拠点をおく先住民の代表団体を訪れ、主にシピボ゠コニボ(Shipibo-Konibo)のリーダーたちと知り合いました。具体的には、かれらの日々の業務、会議、集会、他のコミュニティへの出張といった活動を参与観察やインタビューを通して理解しようとしました。

アマゾン運河プロジェクトにおける河川への人為的介入は、様々な観点から問題視されています。環境主義団体や学者らは生態系への悪影響や、流域に暮らす人々の資源へのアクセスの阻害といった問題を挙げています。先住民の代表団体からの批判も、同様の見解を含んでいます。しかし、代表団体の見解の中には、生態系や経済といった視点に加えて、かれらが「宇宙観(cosmovisión)」と呼ぶ視点からの問題も同じく重要な要素として挙げられています。つまり、人類学的にいうアニミズム的なかれらにとっての「世界」をベースに考えた場合にも、開発は問題だと繰り返し主張しているのです。

ではその「宇宙論」の詳しい中身は何なのか?そこで私は調査を行い、河の母「アコロン(Akoron)」という存在とプロジェクトとの関わりを、しだいに知るようになりました。インタビューからは、アコロンは巨大なアナコンダの姿でもあれば、闇夜の河に浮かび輝く「船」でもあることがわかりました。そのアコロンは河川への工事によって漏出する毒を好まない、運河となったとき行き交う船のモーター音を好まない、といった理由により、魚を隠して河から去ってしまい、結果河の水も枯れる。そのような問題の認識をリーダーたちは語ります。中にはアコロンとシピボ゠コニボの人々の間には親族のような紐帯があり、敬意をもった関係性を維持しなければならないのだ、と言う人もいました。

運河プロジェクトに関する現地での集会の様子

このようにシピボ゠コニボのリーダーたちは、資源利用のあり方や生態系の仕組みといった観点からの理解に加え、アコロンとの関係性も考慮していたのです。ここから環境をめぐるポリティクスや先住民運動のポテンシャルについて、より様々な議論を深めていければと考えています。——かれらはひじょうに異質な知識を並置しながら、多角的に議論しようとしているのではないか?しかし現状としてアコロンとの関係性という観点は、生態学的観点や経済学的観点と等しく実効性があるとはいえない。ならばそのようなパワーバランスはどのように生まれているのか?より発展的には、私たちが、環境‐政治‐経済の関係性について討議する時に無批判に受け入れている知識のベースと実践はどのようなものなのか?それによって誰・何が考慮に値「しない」として排除されるか?——このような問いを深めるのではないかと考えているところです。