大学院生の研究プロジェクト紹介 その1

DIYバイオの人類学

これから不定期に、「科学技術と文化」に属する大学院生の研究プロジェクトの紹介を掲載していきます。大学院生たちは、人間と動植物の関係についての Multispecies Ethnography や、エネルギー問題とインフラストラクチャー、DIYと科学技術の関係など、人類学と科学技術論にまたがる視点からユニークな研究を行っています。

初回は、博士課程の桜木真理子さんの研究紹介です(以下の部分は桜木さんが作成してくれた紹介文をブログに合わせて若干編集して掲載しています)。

桜木さんは、医療人類学と科学人類学を専門とし、2014年度から2019年度まで、日本のハンセン病に関する資料の分析やハンセン病元患者へのインタビュー調査を行なってきました。ここでは、薬剤や診断技術などの科学技術、宿主の身体と病原菌との関係性に関する想像力が、医師・患者それぞれの疾病観(病気についてのイメージや理解)にどのような影響を与えたかを考察してきました。

2020年度以降は「DIYバイオ(Do-it-yourself biology)」を対象とした研究を日本国内で始めました。DIYバイオとは、一般の人々が自宅のキッチンやFab Labなどにある実験室で、自ら生物学の化学実験を行ったり、遺伝子を解析したりする活動です。メーカームーヴメントのスピンオフとして最近盛んになっているこの活動では、自分たちの力や工夫で実験器具を作ることも重視されています。

桜木さんは、「模倣と創造による科学批評:日本およびアジアのDIYバイオに関する科学人類学的研究」と題されたプロジェクトの中で、こうした活動が科学の境界をいかに揺るがせ、拡張していくのかを考えています。

以下、桜木さんによる自己紹介です。

「DIYバイオとは00年代中盤から高まりを見せる市民科学の一潮流で、大学や企業などの専門的な研究施設以外の場で、一般市民がバイオテクノロジーを用いて行う様々な実践を指しています。欧米から誕生した活動ですが、現在では非西洋圏にもネットワークは拡大し、日本にもその影響は及んでいます。数カ所のコミュニティ・ラボやワークショップを通して、学生から会社員やアーティストまで、多様な関心を持った人々がバイオテクノロジーに携わり、コミュニティを形成しています。

バイオテクノロジーの「民主化」を謳うDIYバイオの活動や思想には、既存の科学へのある種の批判が含まれていると考えられます。科学者が実験室の中で日々行う科学研究の実際は、一般の市民の目からは見えず、実験に用いられるツールや実験の手順などは科学の表舞台には現れません。こうした科学の舞台裏を探ろうとするのが、DIYバイオの活動だと言えます。

DIYバイオを実践する人びとは、ラボが揃えているような高価な機器類をより入手しやすく安価なものを用いて代用しています。たとえば、滅菌用のオートクレーブを圧力鍋で代用する、市販のスポーツドリンクやサプリメントを混ぜ合わせて培養液をDIYする、などがその例です。こうしたDIYの器具を用いて実験を行うという点に、DIYバイオの特徴があります。

このように、DIYバイオは(数々の失敗を経験しながら)標準的な科学にとらわれないオルタナティブなツールや手法を創出しようと試みています。彼らの営みは、科学者にとっての「当たり前」の営みに問いを投げかけ、自ら手を動かしたりものを作ったりすることを通して、科学のブラックボックスを開く行為として捉えられるでしょう。

私は、DIYバイオのように異なる形で科学を行う市民科学活動が、市民と科学もしくは科学と社会の関係と、専門知のありかたにどのような変化を生み出していくのかに関心を持っています。」